母の日|毒親育ちは辛い日を祝う必要はあるのか?

毒親

こんにちは、アマリです。
今日は「母の日」ですね。
毒親育ちには辛い日です…。
今日は、私の「母の日」感についてちょっと書いてみたいと思います。

「母の日、何する?」という何気ない言葉のナイフ

母の日が近くなると、近所のスーパーやテレビCM、ネットの広告など、ありとあらゆる場所が「母の日」一色になります。

お母さんに感謝しよう!
お母さんに贈り物を!
お母さんに!お母さんに!お母さんに!……

そんな母の日一色の広告を無視しても、避けて通れないのが「母の日、何する?」という何気なく振られる話題です。

「何もしません」なんて言ったら人でなしだと思われそうで、いつも「カーネーションでも送ろうかと…」なんて言って誤魔化しちゃいます。
送りませんけどね。

「母の日、何する?」

聞いてくる人は悪気はないのでしょうけど、やっぱりちょっと傷ついてしまいますよね。
正直、聞かれるたびにしんどいです。

「親に感謝しなくてはならない」という同調圧力

ポップソングを聞いていると、「お父さんお母さんありがとう♪」みたいな曲が多くありませんか?

あまりの多さに、私は目眩がしてくるくらいです。

世間一般ではそういう曲が流行していて、当たり前の価値観として根付いているんですね。

私は、自分が毒親育ちだと自覚するまでは親に感謝するのは当たり前のことだと疑いもせずに信じていて、心の底でわずかに違和感を感じながらも「親に感謝」する内容のポップソングのことを受け入れていました。

しかし、実際のところはどうでしょう?「感謝されるに値する親」は、一体どのくらいの割合でいるのでしょうか。

これは私の所感ですが、良い親に恵まれなかった人は結構な割合でいる気がするんです。
にもかかわらず、こういった「親に感謝」の歌が流行している。
果たして、どれくらいの人がこのような歌に心の底から共感できているのでしょうか。みんな、本心から親に感謝してるの?本当に?と疑問に思わざるを得ません。

「親に感謝」しようという同調圧力で、「感謝しなくてはならない!!」と思い込んでしまっている人の方が多いのではないでしょうか。

「母の日」は、本心から感謝している人だけ祝ってればいい

もう身も蓋もないことを言ってしまいますが、母の日は「本心から親に感謝している人」だけ祝ってればいいと思うんです。
誰も彼もが良い親に恵まれるわけではありません。
良い親に恵まれなかったのに、感謝を強制されるなんて変じゃないですか。

私は同調圧力に気付いた時に、母の日・父の日には何もしなくなりました。
親から遠回しに嫌味を言われたり、催促されることもありましたが、「忘れてた」の一点張りで通しています。

自分の親を「毒親」だと思うのならば「母の日」なんて無視してOK!と、いうことです。
上手に生きましょう。たとえ辛くても。

おしまい。

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